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     ノってくると無意識の層が暴れ出す。
     ヘッドフォンは階下で眠る市川を起こさない為の配慮であったのにも関わらず、ナリコは絵を描くときのいつものノリで、大声で歌を歌ってしまっていた(まぁ、なかなかに歌は上手かった)。
     絵に入り込むと、それ以外の意識は本当に飛んでいきがちだった(せっかくのハニーラテも冷め切っていた)。
     それで市川は起きてしまったし(「ナリコのライブだ…」と、市川は呟いた)、市川への配慮も忘れてしまっていたわけだから当然、背後に市川が立っていたのにも全くもって気付くわけはなく、だから急に市川が抱きついてきた時は、
    「ぎゃああっ」
     と、飛び上がりながら声をあげてしまった。
    「うわあぁっ」
     驚かそうとしていたにも関わらず、ナリコの悲鳴に逆に驚かされて思わず出てしまった市川の悲鳴に間を開けず、
    「ガンッ」
     と、鈍い音がした。
    「ああっ。痛いっ」
     顎を押さえて市川がうずくまる。
     驚いてビクッと身体を反らしたナリコの頭が市川の顎にぶつかったのだ。
     元々驚かすつもりだったからナリコが叫ぶ心づもりは出来ていたハズなのに市川も同時に叫んでしまっていた。しかも顎まで強打して。
    「ちょっと、ナリコ、驚きすぎだよ。ビックリさせようと思ったこっちの方がビックリさせられるなんて、本末転倒もいいとこだよ」
     いてぇー、と、顔をしかめて顎をさすりながら市川が怪訝そうに言う。
     ヘッドフォンを外し、早鐘のように打つ心臓を手で押さえながらナリコが涙目で市川を見上げる。
    「知らないよ、そんなの。大体、人を驚かそうとしたイチさんが悪いんじゃん」
    「なにそれ。冷たいなー。最近ナリコまで夏目ばりに冷たくない?」
     市川に恋をすると、みんな市川に冷たくなってしまうのはなぜだろう。
    「ちょー、もう。何?イチさん」
     そして、なんでこんな変な人を私は好きなんだろう?
    「お願いがあるんだけど」
     顎をさすりながらの間抜けな雰囲気だけど、市川にまっすぐに見据えられてそう言われ、ちょっとドキっとしてしまう。
     それが例えゲイの男であっても、好きな男からのお願いに、期待しない女なんていない。
    またこんなこと沙耶ちゃんに言ったら、
    「不毛だ」
     って呆れられるだろうけど。
    「えー。やだ」
     嬉しい気持ちとは裏腹に、そんな言葉がナリコの口をついて出る。
    「まだ何も言ってないでしょっ」
     ムキになる市川の姿が見たくって。
    | sweetminami | sweetcitrous | 16:51 | - | - | - | - |