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    「それってスッゴク不毛だよね」
     沙耶は、返事に窮して「うっ」と、言ったきり黙ってしまったナリコにチラリと一瞥をくれながらそう言った。
     そしてグラスに残っていたライムチューハイをぐっと飲み干し、
    「すいませーん!生中一つお願いします!」
     と、店員に叫んだ後に続けた。
    「男作る気ないんじゃなかったっけ?」
     そうそう沙耶ちゃん、よく覚えてらっしゃる。
    「男…作る気はないよ?っつうか、イチさんには夏目ちゃんが…」
    「最初っから分かってたよねぇ。なのに好きになったんだ?」
    「…はい…」
    「あーあ…」
    「私、別にイチさんとどうとか考えてないし」
    「ふーん。なら、ますます不毛だね」
    「それは…知ってる」
    「なのに何で好きになるの?」
     沙耶にはここが分からない。最初から叶わない恋と知りつつ、なんでナリコの中で恋が始まってしまったのかが分からない。
    「恋ってそういうものじゃん?」
     自分でも「まさかゲイの男に恋するなんて本気?」なので上手く説明ができない。だからこんなありきたりなことを言ってしまう。
    「それが恋だというものだから」
    「もー、そんなひと言で片づけないでよー」
     そりゃそうだ、とナリコ自身でも思う。
    「でもさー、あのさー、ナリコも知ってると思うけどさー」
    「え?」
     どんな言葉が飛び出すのか、思わず身構えてしまう。不毛な恋をしている私にこれ以上、ショックなニュースはやめて欲しい。
     そしてもったいつけるように真剣な眼差しで沙耶が言った。
    「市川くんって…」
    「うん」
    「ゲイだよ?」
    「はぁっ?」
     そして沙耶は、一人でケタケタ笑い出す。
    「フ・モ・ウ!フ・モ・ウ!」
    「沙耶ちゃん、うるさーいっ」
    「あらー、ナリコ。市川くんがゲイってこと、知ってたの?」
     沙耶の高笑いが店に響く。
    「沙耶ちゃんのバカ」
     そう言って怒るナリコに、ごめんごめんと全く心を込めずに笑いながら沙耶は謝った。
     もう、ほんとからかいすぎだよ。恋する女はなかなかデリケートなんだから。
    「まー、どっちにしろ不毛なんだけどさ、絶対にナリコは市川くんより、その彼氏の夏目くんの方が好みなんだと思ってた。眼鏡男子だし。あんた好きでしょ?眼鏡かけてる男」
     ナリコは激しい眼鏡属性だった。
    「私もそう思ってた。夏目ちゃんじゃなくてイチさん、ってのは、それは自分でも意外だった」
     外見の好みを通り越してまで好きになるゲイって、自分の中ではよっぽどの存在なんだと思う。
    「ふーん。っていうかー」
     キュウリの浅漬けに箸をのばしながら沙耶は続ける。
    「市川くんさぁ、あの人。友達の私が言うのもアレだけどさぁ、まず、その夏目くんとやらとも釣り合ってない気がするんだけど?」
    「はぁ…」
    「一体全体ナリコは市川くんの何がいいわけ?」
     ナリコは返答に困ったときの癖で、マドラーでグルグルと意味なくウーロンハイをかき混ぜながら答えた。
    「うーん。誰かを好きになるのに理由なんてないとは思うんだけど、敢えて言うと…」
    「敢えて言うと?」
     沙耶ちゃん目が据わってます。
    「眼差しが…スゴくいいんです」
     沙耶の変な迫力に押されて何故か敬語を使ってしまいながらナリコは答えた。
     そして「へへ」と笑って照れ隠しに、溶けた氷でだいぶ薄まってしまったウーロンハイをぐっと一気に飲み干して言葉を続けた。
     沙耶が、そんな答えにあっけにとられて何も言ってくれなかったからだ。
    「夏目ちゃんをね、見てる目がスゴくね、なんていうかね、いいんです」
     勝手にひとりで吹っ切れて、急に饒舌になりだしたナリコに沙耶は、
    「はぁ」
     と気の抜けたような返事をして、
    「あー、そう。でも」
     と、更に質問をしてみる。
    「それがなんで市川くんがゲイってことをも超越して好きになるのか分かんない。しかもそれって、『夏目くんのことを好きな市川くんが好き』ってことだよね?それが大前提で好きになったってことだよね?」
    「う…うん…」
    「じゃあ市川くんがナリコを見つめだしたらどうなるの?好きじゃなくなるの?」
    「それは…ない…と思うけど…どうなのかなぁ?」
    「あー、ナリコの気持ちが分からない」
     店員が運んできた生中を受け取り、口をつけながら尚も「分からない」を繰り返す沙耶。
    「なんで?なんで?」
     そうしつこく聞いてしまう。
     なんで?なんでか分からない。
     最初は大人しく、沙耶の「なんで?」を黙って聞いていたナリコだったが、急にダンッとカラになったジョッキをテーブルに荒々しく置くと身を前に乗り出した。
    「『なんで?なんで?』『分からない。分からない』って、そりゃ沙耶ちゃんに分かるワケがないじゃんっ。だって、当の本人の私もなんでこんなことになったのか、よく分かってないんだもんっ」
    「えー?それって一体何の逆ギレ?」
     相変わらず訝しげな目を向けてくる沙耶には構わず、
    「私にも生中くださいっ」
     店員に向かって叫び、更に反論する。
    「でも、好きになっちゃったんだもんっ。私、『夏目ちゃんを好きなイチさん』、を好きになっちゃったんだもんっ」
     急に身を乗り出してきたナリコに一瞬ひるんだものの、やっぱり沙耶はこう言わずにいられなかった。
    「うっわー…。益々不毛」
    「不毛。そうだよ、ほんっとに不毛。ザッツ不毛…」
     なんの勢いにのっていたのか分からなくなったナリコは急に萎えて肩を落とした。
    「不毛…だよねー…。とほほだよ」
     そんなナリコを励まそうと沙耶が含みのある微笑みを見せる。
    「でも、市川くんのことを好きなかぎり、前に言ってた『しばらく男は作らない』は実行できるんだね。すごいねー。ナリコって、なかなかの有言実行タイプだねー」
    「それって、褒めてんのかバカにしてんのか分かんない…」
     私がこんなんなっちゃうキッカケを作ったのは沙耶ちゃんだよ、というセリフは飲み込んでおいた。不毛でもあのふたりに、この恋に出会えたことに感謝しているから。
     沙耶の言う通り、ゲイの男に恋をしたって不毛なのは百も承知だ。でもナリコは恋をした。
     そして、
    「もうそれでいい」
     とも思っていた。
     ナリコが好きなのは『夏目を好きな市川』だ。このふたりと暮らしていれば、夏目を思う市川に恋をしていられる。今はそれでいっか、とも思う。
     いっかもなにも、もうどっちにしろ始まっちゃったし。
     そんでどっちにしろ、もう止まんないし。
    | sweetminami | sweetcitrous | 15:59 | - | - | - | - |